コンペはブランドの方向性やプロダクトのストーリーを明確に示し、可能性が広がる場
2016年発売の「すくいやすく注ぎやすいレードル」や台所道具のオリジナルブランド「conte(コンテ)」シリーズが、国内外のデザインコンペで入賞を果たしている一菱金属。自社ブランドの構築を模索する中で、デザインコンペは方向を定めていくきっかけ、そしてトレーニングの場にもなっていると、同社の江口氏は振り返る。
「道具作りは1つ1つディテールの積み重ねです。隙間なくやり抜くこと、商品のクオリティを上げることを大切にしています。」と話す江口氏。コンペでの経験は自分たちの可動域が広がる印象で、次の展開につながっているという。大事に作られた道具たちが伝えられる機会となる展示販売会へも積極的に参加する予定だ。
ターニングポイントになった
レードルのIDS準大賞受賞
1970年の創業以来、主にステンレス製の業務用厨房用品の開発、製造を手掛けてきた一菱金属。2016年からは台所道具ブランド「conte」をスタートし、美しく、機能的な道具が広く支持を集めている。そのプロジェクトを手掛けているのは同社の江口広哲氏だ。ブランド立ち上げは、会社の未来を考えての挑戦だったと話す。「昔から業務用の厨房用品は、問屋さんを通して販売しています。ただ資材費や工賃などが上がっても、メーカー品が一堂に載るカタログから伝わる相場感もあって、価格を周りに合わせる現状があります。メーカーとして適正価格でやれる環境をつくらなくてはいけないと、2010年頃から考えていました」。
しばらくは模索の時期が続いた。「自分たちだけの強みがあり、他の人ができないことをやろうと思い、椅子張り職人と組み、アート活動からのアプローチも試しました。しかし考えていくと、やっぱり自分たちはステンレス加工が得意で、それを活かすには水回り用品になるのです」。そこで視点を業務用から家庭用に移してみると、調理道具ブランドには長く続いているものが少ないことに気が付いた。
家庭向けブランドの構想が動きだした同時期、江口氏が参加していた燕三条のモノづくりプロジェクトを通して、東京のフランス料理のシェフからレードルの開発依頼が舞い込んだ。機能性を追求したデザインの「すくいやすく注ぎやすいレードル」は、ニイガタIDSデザインコンペティション(IDS)2016のIDS準大賞を受賞し、海外アワードでも入賞した。現在も販売が続く人気アイテムになっている。「自社で直接販売した最初の商品です。IDSでの受賞は当社にとって、ターニングポイントの一つかもしれません」。
各製品は国内外のデザインコンペに入賞。初めての海外アワードの入賞は「すくいやすく注ぎやすいレードル」(レッド・ドット・デザイン賞/2017)。
審査員や出品者と
直接話ができることは大きい
conteは、燕の職人の手で作り、長く支持される道具を送り出すことを目指し、アドバイザーとして日野明子氏、プロダクトデザイナーには小野里奈氏を迎え、共に立ち上げたもの。第1弾商品の「まかないボウル」は、縁が巻かれていない、縦長で重心が安定したデザインで、衛生面や使用感、見た目において、従来のボウルより秀でた特徴を持たせている。この商品はグッドデザイン賞、IDS賞のほか、世界三大デザイン賞のレッド・ドット・デザイン賞、iFデザイン賞では最高位のGOLDを受賞した。「海外のアワードに挑戦したのは、世界的に評価されるバックボーンを持った審査員たちに、商品がどう映るのかが知りたかったから。受賞の評価も相まって、まかないボウルはconteの代表作の一つになったと感じています」。国際的に権威あるコンペで第三者の評価を得ることは、知名度向上や差別化、知財面での防衛策としても有効だと考えている。
一菱金属は定期的にIDSに参加してきた。その良さを江口氏は、審査員である各分野の有識者や出品者と意見交換できることだと話す。「どの辺が評価されたのか気になりますし、中には“この商品は、あのお店に合うのでは”と販売について具体的なアドバイスをくれる方もいました。審査いただいたベースがある中での対話があることで、得るものが違ってきます。また、出品者とお互いの商品を説明し合うというのも貴重な機会で、審査対象の商品のみならず、経営のことにも話がおよび、つながりが生まれる。それが直接、自社商品に反映される訳ではないのですが、例えるなら筋トレをしている感じ。当時の対話が結果的に役立っている部分はあると感じます」。
台所道具ブランド
「conte」シリーズ
現在7アイテムを商品化し、おてがる薬味トングはIDS準大賞(2023)、おてがる料理トングはIDS審査委員賞(2024)を受賞している。開発には長い時間をかけていて、トングは構想から4年、やくさじ(計量スプーン)は3年半で商品化にこぎつけた。conteは北米や欧州、韓国等で商標登録している。
まかないボウル/丸バット/平ザル
やくさじ
おてがる料理トング
モノづくりへの思いや工夫を
言葉にして伝えるということ
グッドデザイン賞やIDSはアーカイブが残っていくこともメリットだと江口氏は話す。「法的根拠はないのは分かっていますが、当社の実績として記録されることで、知財保護のエビデンスとしての機能や、国内外に発信できるプロモーション的な意味合いはあると考えています。また、グッドデザイン賞をきっかけに、日本デザイン振興会からお声がけいただいて、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科の「デザインと経営」をテーマとした集中講座で事例を紹介しました。そうした新たなつながり、展開が生まれるのも面白いです」。
conteシリーズは独自で販売ルートを開拓し、セレクトショップや器専門店、ギャラリーなど、一般的な小売店ではない場所で取り扱ってもらっており、そこでもコンペの参加経験が活かされている。「エントリーする際には、企画に至った背景や、製造工程や仕様を最適解とした説明をまとめるのですが、そうすると売り場でも伝えたいことが多く出てきます。だからこそ、その価値をしっかり伝えられるような売り場で展開しています」。
自社ブランドは現在、売上全体の2割を占めるまで成長した。独自の販売ルートにより原価を上げることができ、クオリティも上げられるという。「関わってくださっている工場や職人の皆さんが気持ちよく仕事ができる環境というのが、少しずつ実現できています。どの道具も、世の中にすでに沢山モノがある中で、愛用品になるには使い心地も大切ですし、5年、10年経っても、見た目も色あせることなく使い続けられる台所道具を目指していきたいです」。
2024年にはオファーを受けて愛媛県のギャラリーでconteブランドの個展を開催。影響力のあるキュレーターが推薦することで来店者が購入し、その先もクチコミで販売につながる。雑誌への掲載依頼も多く、2カ月に1回程度のペースで続いているという。
2020年に完成した社屋・燕デザインスタジオ。出荷・本社機能のほか、ショールーム、イベントスペース、ショップ(限定営業)としての顔も持ち、コミュニケーション空間となることを目指した。建築への評価も高く、グッドデザイン賞、ウッドデザイン賞、iFデザイン賞などを受賞。
企業情報
一菱金属株式会社NICOクラブ会員
燕市燕21-1
TEL.0256-63-7211
URL https://www.ichibishi.jp/