老舗の味噌蔵を守りながら、新しい発酵食品の開発を目指す
創業107年という上越市の山本味噌醸造場は2023年3月、京都市にあるバイオ系スタートアップ企業の「PEAKS」に事業承継した。後継者がいない状況で地域の人々に愛されてきた味を次代に残したい老舗と、新しい発酵食品を世に送り出すという挑戦を始めたスタートアップ。両者の思いが一致したマッチングだ。
「上越は海、山の食材が豊富。私の地元の静岡とも京都とも違う食材があるので、そういったことも新商品開発のアイデアにつながりますね」と話す金崎社長(写真右)。山本部長(写真左)は「新商品をきっかけに新しい販路も生まれると思うので、そこに従来の味噌商品も乗せていけたら」と話す。
家族経営ゆえの将来への不安
早い段階で事業承継を決断
大正5年(1916年)創業の山本味噌醸造場は、家族で営んできた味噌蔵。看板商品は上越ならではの浮き麹味噌の「雪ん子みそ」で、地域の人々にとっては無くてはならない地元の味だ。代表だった山本部長は共に働く親族の高齢化や後継者の不在を踏まえて、早くから事業承継について考え始めたと話す。「当時私は47歳でしたが、いつ何時、どうなるか分からない部分もあるので、私が元気に動けるうちに話を進めて、スムーズに次につながる形を取りたいと考えました」。
何から手を付けてよいのか分からなかったため、2020年にまずは地元の商工会議所に相談。そこで新潟県事業承継・引継ぎ支援センターを紹介された。山本味噌醸造場としての条件は、社名を残し、今ある商品も継続したいということ。そして、地域密着型というスタイルを大事にしてもらいたい、ということだった。
新潟県内を対象にM&A先を探し始めたが、新型コロナウイルス禍で中断。そのなかで同センターから民間に相談する形もあるということでM&A仲介サイトの株式会社バトンズを紹介された。全国を対象に何社か紹介を受ける中で、マッチングしたのが京都市のPEAKSというスタートアップ企業だった。PEAKSは金崎社長が「新しい発酵食品を作りたい」という思いで立ち上げた会社だ。
看板商品の「雪ん子みそ」(写真左上)、音楽を聞かせて寝かせた「音で育てたおいしい味奏」(写真右上)をはじめとする各種味噌、昔ながらの味噌漬け、味噌たまりとオリーブオイルを合わせたソース「タマリーブ」など(写真左)が人気。
民間企業の仲介でマッチング
決め手はお互いの「人柄」
バイオテクノロジーや医薬品、再生医療などの業界で仕事をしてきた金崎社長は、次に挑戦する事業分野として発酵食品に注目。「発酵は食材、微生物、発酵環境の掛け合わせで形が変わります。今、あるものは酒やヨーグルト、納豆、みそ、しょうゆなど限られていますが、本当はもっと可能性があって、もっとベストな発酵食品があるのではないかと考えています。ラボ段階での研究開発を進めていましたが、そこからいち早く世に出すには、伝統的な発酵会社のプラットフォームを利用して商品化するのが早いと考えて、事業を譲りたいという会社を探していました」。
こうしてバトンズを介して出会った両者。手を組もうと決断する決め手になったのは相手の人柄だと、お互いが話す。「当時はコロナ禍でしたが、金崎さんは交渉に入る前に上越まで足を運んでくれるなど、熱意がありました。その人柄を見て、安心できる相手だと思いました」と山本部長。金崎社長も「僕自身は食品業界について右も左も分からない状態で始めていて、これから勉強しないといけない立場。その中で、この人の言うことは信頼できる、と思えたことが大きかった」と振り返る。
事業譲渡を進める上で大変だったことは、合資会社だった山本味噌醸造場を株式会社へ組織変更する必要があったこと。取引先からの承認や法務局の手続きなどに時間がかかったが、バトンズから紹介された東京の司法書士のサポートを受けながら対応し、2023年3月に契約締結となった。
京都と上越の二拠点生活をしている金崎社長を山本部長がサポートしながら、二人三脚で事業に取り組んでいる。新たな商品の開発に向けて試作が進む。
直江津駅からほど近い場所にある本店には、馴染み客が連日訪れる。直江津ショッピングセンター エルマール店は味噌漬や加工品も豊富に並ぶ。直江津を拠点に伝統の味を受け継いでいく。
従来商品の販路拡大も視野に新しい発酵食品の誕生に期待
山本味噌醸造場について、金崎社長は「味噌の消費量は30年前に比べて約半分になり、工場の数も3分の1くらいに減っています。当社の規模の味噌蔵としては新しい派生商品、時代に合った商品を作っていかなければ生き残れないと思うので、伝統を守りながら新しいものを作ることがこの会社の使命だと思っています」と話す。
新商品については100以上あるアイデアの中から試作を始めている段階。山本部長は、これまで自社では出来なかったことが出来ると期待を寄せている。「私も新商品開発には取り組んでいましたが、やはり我々のやることには限界がある。違う視点から見ることで新しい発酵食品が生まれるのをすごく楽しみにしています」。
変わらず作り続けている山本味噌醸造場の商品については、今後県外に販路を拡大していくことも見据え、ホームページのリニューアルを進めていく。「上越に根付いた味を全国に知ってもらい、おいしさに気づいてもらいたいと考えています」。
さらに、将来的には他の発酵食品の企業も組み合わせて、グループ化していきたいという構想も温めている。一方で、上越で仕事をするようになってから、来店したお客様が「味噌が切れたからお店が開いていて良かった」「ここの味噌じゃないとだめなんだ」と話す様子を見て、本当の意味での地域密着の姿を知ったという。「私の出身地では、近くにこうした味噌屋は無く、スーパーで買うものだと思っていた。ここは地域の人にとって無くてはならない味噌屋なのだと実感しました」。100年続いたものを守り、地元に届け続けること、そして新しい発酵食品を生み出し、広く人々の健康に寄与していくことを目指し、歩み出した同社だ。
事業承継後も山本部長が製造部門を統括し、手作りでの味噌づくりを続けている。
企業情報NICOクラブ会員
株式会社山本味噌醸造場
上越市中央1丁目13-4
TEL.025-543-2283
URL http://yukinkomiso.jp/